旧齋藤家別邸は2012年6月9日より一般公開されています。詳しくは公式サイト
http://saitouke.jp/
をご覧ください。

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新潟市旧齋藤家別邸 TEL:025-210-8350


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湊町新潟の歴史と文化を愛する市民サークル「新潟ハイカラ文庫」さんによる、旧齋藤家別邸のまとめページは→こちら



カテゴリ:「旧齋藤家別邸」とは?( 3 )

旧斎藤家・夏の別邸の建物の価値とは

長岡造形大学・平山育男教授(造形学部 建築・環境デザイン学科)より、旧斎藤家・夏の別邸の「建物の価値」についての所見を寄稿していただきました。

クリックして所見を読む
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by SAVE_SAITOUTEI | 2008-12-18 21:41 | 「旧齋藤家別邸」とは?

旧斎藤家・夏の別邸とは

【この記事は2008年の保存活動中のものです】
2009年春に新潟市による購入が決定しました。
当記事は記録のために保存してありますが、内容はすべて掲載当時のものであり、現在の状況とは異なっています。
何卒宜しくお願いいたします。


新潟の豪商の力と趣味を
今に伝える名園と名建築。

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※写真は「写真」カテゴリ、もしくは「動画」カテゴリにまとめてあります。
※当邸宅は、現在公開されておらず、見学することができません。
当会が行う一般公開日に関しては、一般公開日のエントリをご覧ください。

 新潟市中央区西大畑町の、料亭行形亭に隣接する「斎藤家夏の別邸」は、明治〜昭和初期に鍵富家、白勢家と並ぶ新潟三大財閥と言われた斎藤喜十郎家が大正7年(1918年)に建てた、総敷地面積1,330坪を誇る広大な別荘です。

建物は格式高い日本建築。庭は大正6年から9年にかけて,当時25万円という巨費を投じて造られたもので、作者は東京の高名な庭師松本幾次郎でした*。

滅び行く江戸の大名屋敷の名石を選んで運び込み、中でも伊達屋敷にあった巨石は13トンものもので、当時木橋だった万代橋を渡れず、新潟駅から一か月がかりで運搬したと言います。砂丘の斜面を生かし見事にまとめられた庭は商家の庭として全国でも有数の規模を持つ回遊式の名庭園で、現在まで良好に維持されてきました。

本宅2階座敷は庭の池に映る月を楽しんだことから「観月亭」と名付けられ、しばしば大規模な茶会に使用され、昭和30年には日本棋院(囲碁)の本因坊戦の対局にも使われました。

また、斎藤家の本邸の方は、「燕喜館」と呼ばれていた一部分(接客部分)が、白山公園の一画に移築再建されています。現在は市が民間に委託管理することで、お茶会や市民の憩いの場として、各種イベントを開催し活用・運営されています。

燕喜館ホームページへ
石井大五+フューチャースケープ建築設計事務所のホームページより、燕喜館の紹介ページ
中判への誘いより、町並写真館・燕喜館紹介ページ

*二代目松本幾次郎/安政5年(1958)江戸下根岸生まれ。
 代表作に渋沢栄一邸、成田山新勝寺の庭園等がある。

*********

2007年9月4日提出の「旧斎藤家夏の別邸の邸宅と庭園の保全について」請願文書より引用
新潟市中央区西大畑町576番地の住宅及び庭園は,新潟を代表する名家斎藤家の夏の別邸として,大正7年(1918年)に建てられた新潟の歴史的遺産です。その庭園は,美しい池を中心に築山の木々に囲まれた,この世の別天地を思わせる名園であり,隣接する行形亭の庭園とともに,砂丘地という新潟特有の地形を生かした個性的な庭でもあります。当家の御好意でお茶会等に開放された折々に,その美しさを心に刻んできた市民も多く,あこがれの的となってきた場所でもありました。邸宅前面は白壁通りの愛称で親しまれる新潟の観光名所の1つでもあり,御屋敷町の風情を色濃く残す貴重な景観資源にもなっています。

この建物と庭の将来の存続が危ぶまれているとのニュースに,私たちは大変に驚き,新潟を愛する市民として,深い憂慮を感じています。この邸宅と庭園が今後も保全され,新潟の町のすばらしい宝物として,末永く後代に伝えられていくことを願ってやみません。
関係各位よる格段の御配慮を切にお願いし,下記の事項について請願いたします。

1 旧斎藤家夏の別邸の邸宅と庭園の保全,管理を市が行うこと。


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by SAVE_SAITOUTEI | 2008-08-08 17:50 | 「旧齋藤家別邸」とは?

景石巧み光る伝統の技

旧斎藤邸庭園(新潟市中央区西大畑町)は、大正時代に豪商・斎藤喜十郎氏が夏の別荘として作られました。自然の海岸砂丘列を活かし、小山を重ねて築山と見立てた広大な庭園で、大きくは庭園と主庭に分かれています。

庭園内には、天空に枝を広げた老松が威風堂々と林立し、その下で大小多数のモミジが枝葉を重ねており、市街地にもかかわらずあたかも深山に分け入ったかのような趣があります。

作庭は一九一七(大正六)年から二〇(同九)年にかけて約三年間を要し、作者は成田山新勝寺の庭園を手がけた高名な庭師、松本幾次郎氏と言われています。

庭園内には、江戸の大名屋敷にあった庭石が運ばれました。中でも伊達家に会った巨石は一三トンもあり、当時は木の橋だった万代橋が渡れず、新潟駅から一ヶ月がかりで運搬したとの記録もあります。

主庭は、茶庭と母屋前面の池庭で構成されています。茶庭は北斜面の軽快な石段を登りきった平地にあり、表千家流の茶室・松鼓庵が建っています。庭内には、強風で砂がえぐられ、根がむき出しになった珍しい二本の根上り松が見られ、四方仏のつくばい、生け込み灯籠、飛び石なども品よくまとまっています。

また、池庭では大滝、小滝が心地よい水音を奏で、護岸の石組みのほか、所々に組まれた景石に作者の精練された伝統技術と高い感性を見ることができます。

建物から見る美しい眺望、水を感じることで蒸し暑い新潟の夏を快適に過ごす工夫、常緑樹がつくる効果的な陰影と奥行き感、庭園を歩き廻る楽しさ…。これらはおそらく庭園の計画段階から織り込まれていたものでしょう。

海岸に近いという立地を踏まえて、もともとあった黒松を取り込んで自然と庭園を結び付け、しかも伝統要素を下敷きにしながら、さまざまな発想で巧みにつくられている旧斉藤邸庭園。美しく気品漂う庭園は、静寂の中にゆったりと至福の時を刻んでいます。

(造園家・土沼隆雄)

【新潟日報2008年4月29日付朝刊「庭園を読む〜美のカタチ〜第五回」より】


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by SAVE_SAITOUTEI | 2008-07-30 21:07 | 「旧齋藤家別邸」とは?