旧齋藤家別邸は2012年6月9日より一般公開されています。詳しくは公式サイト
http://saitouke.jp/
をご覧ください。

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【「新潟ハイカラ文庫」さんによるまとめ】
湊町新潟の歴史と文化を愛する市民サークル「新潟ハイカラ文庫」さんによる、旧齋藤家別邸のまとめページは→こちら



北前船の遺産としての旧斎藤邸

以下は、発起人団体である新潟ハイカラ文庫の笹川太郎氏より寄稿していただいた文章です。旧斎藤家・夏の別邸は単に昔の豪商の邸宅に留まらず、新潟という場所がなぜこのような豪商を生んだのか、その背景や歴史を後世に伝える、数少ない物証であることが書かれています。


北前船の遺産としての旧斎藤邸
北前船の贈りものー新潟の多様な文化を育てた北前船

北前船とは、蝦夷地(北海道)と大阪の間を商いをしながら往来し、各寄港地で積み荷を売り買いした買い積廻船という、動くデパートでした。江戸時代の初期に開かれ、西回り航路と呼ばれたものです。

北前船は最大の寄港地であった新潟に様々な物産や情報とともに、多様な文化をもたらしました。それらは、衣食住全般に及び各地の文化と交流し、さらに新しい文化へと発展させてきました。現在の新潟の多様な衣食住の文化はまさに北前船の遺産と呼べるものです。

新潟はその後、江戸後期に天領となり幕末の開港地へと変貌をとげていきます。先年のサミット誘致運動の相棒の開港地、横浜は政令都市の先輩とはいえ、歴史的には明治以降の新興都市の一つです。しかし、新潟はそれより200年も前から北前船に育まれてきた歴史があります。

最大の寄港地として殷賑を極め、海の道で大陸に繋がり、河の道、信濃川を経て信州、阿賀野川を経て会津に繋がり、また北国街道を経て、隣県にまで大きな影響力を持っていました。

湊新潟は現在の日本文化のルーツといえる江戸時代から栄え、さらに開港地として、日本の近代化に貢献し、古くて新しい江戸から今に繋がる歴史文化を検証できる稀有な立地でもあります。

「旧斎藤家夏の別邸」はこのような海運、舟運で栄えた歴史的背景から生まれた貴重な文化遺産の一つです。住宅や庭園の素晴らしさはもちろんのこと、北前船文化のもたらした象徴的存在(遺産)であることを認識して欲しいものです。

また新潟県は長い海岸線を持ちそのすべてが北前船の寄港地といってもよい程、多様な文化の影響を受けながら育った土地でもあります。北前船という大きな器に地元のいろいろな素材を入れ混ぜあわせると、美味しい魅力的な新潟ができ、町創りも分かりやすく見えてきます。

北前船は越後佐渡を大きく包み込んでなお、余りある器です。この器はすべての素材を町創りに発展させる力もヒントも備えています。この偉大な歴史を評価してきたのはむしろ、隣県三国や庄内です。新潟人はお国自慢があまり上手くありませんでしたが、地元の貴重な “北前船文化”、“北前船大国”を再評価する時ではないでしょうか。これは、県内外各地とも連携できる大きなテーマでもあります。

新潟の歴史を元に、今後のイベントや企画が単なる一過性のものでなく継続的に発展できれば、いずれ世界に誇れる文化に育つものと思います。地元の生い立ちを知ることは今後の新潟の人々や子供たちにとって、大切な財産になることでしょう。これだけの地域や時代のメッセージが込められた施設は他に有りません。旧斎藤邸やその周辺の施設を、その象徴にしたいものです。今が、北前船文化の中心地新潟の出番です!!

新潟ハイカラ文庫  笹川 太郎

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by SAVE_SAITOUTEI | 2008-11-25 19:07

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